3月4日(土)、国際センターで「仙台防災未来フォーラム」が開催されました。SDGsとうほくもブースを出展し、会議室ではセミナーも開催しました。
テレビの取材も来て、紅邑代表理事が応えました。
今年のテーマは「備える防災とSDGs」。3人のプレゼンテーターが登壇しました。
最初にみやぎ生活協同組合の理事・佐藤淑子さんが、「ローリングストックを学ぶ」というテーマで語りました。災害時用の食料、備蓄をどのように用意して、定期的にまわしていったらいいか?女性ならではの細やかな視点で、そのノウハウと情報を教えてくれました。ときどき入る生協のコマーシャルが笑いを誘って、和やかに進行しました。
次に建築設計リフォームの株式会社スイコーのシニアコンサルタント・千葉哲也さんは「サステナブルな提案を住宅に」というテーマで登壇。震災当時の家屋の被害状況などを写真とともに解説。耐震性を上げるための住宅の方法などを設計士と診断士の立場から、丁寧にわかりやすく語られました。
最後に仙台国際空港株式会社の杉山圭大さんが「東日本大震災の経験を踏まえた仙台空港のBCP」という議題で登壇。BCPとは緊急時における事業継続計画のことです。
震災当時、みなさんもテレビで仙台空港の滑走路に自動車が流されてきた映像を見たことでしょう。その当時の内部で起きていたことを語ってくれました。1階は浸水して停電。空調設備もストップしているため、凍るほどの寒さの中で取り残された人々は身を寄せ合って耐え忍んだという。
当時は津波の想定をしていなかったため、何も準備されていなかった。この教訓を活かして、設備機器は2階へ上げた。電気設備は重すぎて上げられないため、浸水しないように二重の壁で防水。備蓄は2000人が3日間食べられる量を確保して、期限切れの食品はフードバンクなどに提供しているという。
昨年の地震では巨大な外壁用のガラスが割れるなどの被害を受けたが、JRがストップする中、空港は欠航しないで市民の翼を確保した。その徹底した改善ぶりに、頭が下がる思いがしました。やはり人の命を預かる仕事なので、中途半端は許されない。プロフェッショナルな対応であり、拝聴していて安心感が湧いてきました。
震災後も他の空港が親身にサポートして、復旧できたという。空港は情報を共有して助け合っている関係なのだと気付かされました。どこかの空港が閉鎖されれば、自分のところも欠航になる。リアルにネットワークでつながっている密な関係性です。
パネルディスカッションでは、河北新報社の畠山さんが司会進行を務め、さらに深掘りし、的確に要点をまとめながらも、絶えず笑いを誘って、会場には和やかな雰囲気が流れました。
防災を一言でいうとしたら・・・「命を守る」ということに尽きるでしょう。そのことにあらためて気づかせていただきました。毎回、セミナーを開催すると、頭が下がる思いがします。登壇者の話の内容に、誠実な人柄に、頭が下がる。それは生業の仕事を通して“地域を良くしたい、還元したい”という内に秘めた熱い想いが伝わってくるからでしょう。
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